脳腸相関とは。医療の現場でも注目されている脳と腸の強い結びつき

脳腸相関と言う言葉は、まだあまり耳なじみがないかもしれません。とは言え、大手サプリメントメーカーなどが宣伝広告で使い始めているので、見たことがあるという人もいるでしょう。

これは名前の通り脳と腸が互いに影響を及ぼしあっていると言う物で、かつての常識であった内臓と脳の関係を、根底からひっくり返したと言っても過言ではないと言えるものなのです。

脳は腸に、腸は脳に支配されている?人体の制御機構は興味深い

普通、身体の各部位は脳からの指令によって働いています。それは本人の意思によるものが、脳からの命令として末梢神経にまで届き、それに従って組織が働くと言う物もあります。筋肉が働いて身体を動かすのがその代表ですね。

一方、自律神経の働きで、本人の意思とは関係なく働くものもあります。眠っているときの呼吸がその代表格と言えるでしょう。

身体の中には脳の指令を待たない臓器も存在する

例えば心臓は自律神経の支配を受けていますが、拍動そのものは心臓自体が持っているペースメーカー機能によって起こっています。自律神経はリズムを早くしたり遅くしたりと言うコントロールだけを担っています。

一方、先に紹介した呼吸ですが、意識して呼吸のペースを変えることができると同時に、何も意識していなくても呼吸が止まることはありません。これは呼吸筋が自律神経によるものとと体性神経によるものの二重支配を受けているからなんです。

このように、末梢の器官がシンプルに脳の支配を受けているだけと言う事だけでは説明できない、末梢と脳の関係と言うのは存在しています。

かつては脳と消化器の関係も、そのような支配と被支配の関係だと考えられていました。20世紀後半になって、それだけでは説明できない現象が次々に明らかになってきたのです。

ストレスと潰瘍の関係

今でもストレスと消化器の間には密接な関係があることは広く知られています。しかし、その関係性についての考え方は、時代とともに変遷してきました。

1970年代ぐらいまで、消化器にできる潰瘍は、脳がストレスを感じることで興奮して、それが唯一腹部まで届いている脳神経である、迷走神経(第X(10)脳神経)を通じて消化器潰瘍を作り出していると考えられていました。

そのため、消化器潰瘍の治療方法として迷走神経を切断する手術が盛んに行われていたのです。

しかし、その後ヒスタミンH2受容体拮抗薬(通称:H2ブロッカー・商品名:ガスター10など)が開発され、続いてプロトンポンプ阻害薬(略称:PPI・商品名:タケプロンなど)も消化性潰瘍に効果の高い医薬品として登場しました。

さらに、胃潰瘍の原因菌としてヘリコバクター属ピロリ種(通称:ピロリ菌)が特定され、除菌療法が行われるようになって、脳から迷走神経を通じての神経伝達による病気発生の意義は、あまりないと考えられるようになりました。

過敏性腸症候群と言う厄介者

このように、消化器潰瘍については一応の結論が得られたものの、腸に不調があるにもかかわらず、検査しても異常が見つからない「過敏性腸症候群」と言う問題が残りました。

これの原因を突き止めるための研究の中で、21世紀に入って再び迷走神経に注目が集まります。1970年代にはわかっていたものの充分な検討がなされなかった、内臓知覚過敏と言う現象について再び検討が始まったのです。

知覚過敏と言うと、虫歯はないのに歯がしみる現象として良く知られていますね。これと同じように、腸に異常がないのに脳に症状としての信号が送られていると言う物です。

これは、腸が脳を支配しているという関係性の存在を示唆しています。こうしたことから腸は脳に支配されると同時に、脳は腸に支配されているという事が検討され始めたのです。

まだ、その制御機構は完全には解明されていません。しかし、このことを前提に考えると、さまざまな問題の解決の糸口が見つかりそうなのです。

実際の医療にも取り入れられている、脳腸相関による健康への大きな影響

脳腸相関は、まだ全てが解き明かされた現象ではありません。むしろ、まだ研究途上である部分が大きいものです。しかし、すでにわかってきた部分だけでも、人間の健康に非常に大きな影響力を持っていることが明らかになっています。

例えば脳から腸への影響として、ストレス下に置かれると善玉菌が減り悪玉菌が増えるということは、先の大戦前には発見されていた現象です。

一方、腸から脳への影響として、無菌化したマウスとそうでないものでは、神経伝達物質の分泌量や神経そのものの成長に差が出ることがわかっています。

なぜ過敏性腸症候群に抗うつ薬が効くのか

これは悲しいことに、過敏性腸症候群に対する誤解を生んでいるのではないかと思います。検査しても異常がないのに、お腹の不調を訴える人に対しては、世間は詐病だとか気にしすぎだとかの評価を下しがちだと言うことから見て取れます。

さらにそれに対して、医療機関が抗うつ薬を投与して、それが効果を示したということになると、それは腸の病気ではなく精神病だと考えたがる人が少なくないのです。一種の差別意識とも言えるでしょう。

全く医学的な知識がなくても、「抗うつ薬に、たまたま腸の調子を良くする働きがあった」と言う可能性は誰でも気がつくはずです。しかし、その可能性にはみんな目を閉ざして、不調を訴える人に精神病というレッテルを貼りたがる傾向があるのは悲しすぎます。

実は、腸の中で腸内細菌などの異常が起こると、内視鏡で見てもわからないレベルであっても、神経は侵害を受けているという信号を脳に伝えます。脳はそれを敏感に感じ取り、刺激が強い場合には、それが不安感や抑うつ感をもたらすのです。

それと同時に、痛覚を抑える側の神経も活性化されるため、通常はひどい症状にはなりません。しかし、それが上手く働かないと、不安感や抑うつ感だけでなく、腹痛や下痢と言った症状がもたらされます。

抗うつ薬は、この痛覚を抑える側の神経の経路を利用して効きますから、過敏性腸症候群にも有効であるということになるのです。

つまり過敏性腸症候群は、「腸に異常がないのに消化器症状が現れる」のではなく、「目に見えない腸の異常が脳に影響を与えて、それが腸に投射されて消化器症状を起こす」と言う、脳腸相関のフィードバックによって起こっている可能性がわかってきたのです。

脳の側からみた不調の治療法の開発はこれから

脳の側で腸からのシグナルを受け取る機能のトラブルや、腸からのシグナルを受け取った脳の反応については色々なことがわかってきています。

過敏性腸症候群を持っている人の場合、健常者に比べて脳のどの部位が強く反応するかということも、検査機器の発達によってわかってきているのです。

例えば健常者であっても、腸に刺激が加わった時に活性化する脳の部位は、恐怖を感じた時に活性化する脳の部位と共通することも発見されました。

こうした研究の積み重ねから、将来的には脳機能の治療によって、腸のトラブルを治療できるようになる可能性も見えてきています。

しかし、現段階では腸の環境を整えることで、脳に送られる侵害刺激のシグナルを抑えるように努めてみることが、個人レベルででも身体の不調に対応できる良い方法だと言えるでしょう。

恐怖を覚えると、お腹がきゅーっと痛くなることがありますね。これも脳腸相関によるものなのでしょうか。正解はわかりませんが、決して無縁ではないと思います。

腸にとってのOK:プロバイオティクス、NG:ストレス

ストレスや抑うつ状態が、腸内環境の悪化によってもたらされており、その脳の状態が腹痛や下痢をフィードバックするのであれば、そもそも腸内環境を改善すれば対策できる可能性がありますね。

逆にストレスが先にあった場合でも、腸内環境を整えておくことで、余計なシグナルを脳に送らなくて済むようになるかも知れません。

ストレスは腸内環境を壊す

1940年の海外での研究では、絶食によってストレスを与えたラットの消化管では、ラクトバチルス属の腸内細菌が減っていたとあります。言うまでもなくラクトバチルス属は善玉菌の乳酸桿菌ですね。

また、1970年の日本の研究では、豚に絶食ストレスを与えた場合、ラクトバチルス属やビフィドバクテリウム属(ビフィズス菌)が減少し、大腸菌やバクテロイデス属の悪玉菌・日和見菌が増加したとあります。

他にも動物実験は数多く行われていて、ストレスを与えると善玉が減り悪玉菌が増えると同時に、あらかじめ善玉菌を投与しておいた実験動物では、ストレスの影響を受けにくくなっていたこともわかっています。

動物だけでなく、極端なストレス環境に置かれる人間、宇宙飛行士の健康調査によっても、善玉菌の減少と悪玉菌の増加が観測されています。これはアメリカだけではなくソ連でも確認された現象です。

この原因についても、さまざまな説が立てられ、動物実験や臨床試験で検証されています。

例えば、ストレスが掛かると腸の内部ではアドレナリン・ノルアドレナリン・ドーパミンなどが放出されます。これらの神経伝達物質が腸内細菌に働くと大腸菌の増殖が活発になり、しかも病原性が高まることがわかっています。

2006年には細菌側でこれらの神経伝達物質に反応する受容体が見つかり、大腸菌以外の細菌でも病原性の亢進が発見されました。これは、ストレス下に置かれるとなぜ病原菌に感染しやすくなるかについて、細菌の側から見た答えと言えるでしょう。

これも神経伝達物質が関わっていることから、脳腸相関の一つと言って差し支えないと思われます。

プロバイオティクスで腸内環境を補強しておく

ストレス下に置かれると善玉菌が減り、悪玉菌が増えるのであれば、あらかじめ善玉菌を増やし、悪玉菌を減らしておけばいいという単純な発想が浮かびます。

先にもお話したように、動物実験ですがこの単純な発想が有効であるということが確認されています。菌株の数などを広げて行われた実験ではありませんから、確定的なことは言えませんが、一部でも裏付けが取れたことは嬉しい情報ですね。

そこで利用したいのが発酵食品です。もちろん、ストレスに強くなるという乳酸菌関連のサプリもありますから、そうしたものを利用するのも悪くないですね。

しかし、根底にあるのは「腸内の悪玉菌を抑え、善玉菌を増やすことに効果が期待できる」という事ですので、ヨーグルトや発酵漬物などを積極的に食生活に組み込むほうが手軽で安上がりでしょう。

もちろんプロバイオティクスだけでなく、乳酸菌の菌体成分も大腸のビフィズス菌を増やす効果がありますから、「生きて腸まで届く」ことばかりを気にする必要もありません。

過敏性腸症候群で悩んでいる人は、冷たいヨーグルトに抵抗があるかもしれませんね。そうした場合、サプリなどを利用するのも悪くないと思いますよ。ぬるま湯で飲んで下さい。

もしかすると「脳は第二の腸」?

最近では腸の働きが次々と解明されてきたことから、サプリなどの宣伝で「腸は第二の脳」と言うコピーを良く見るようになりました。

しかし、生物の進化を考えた場合、多細胞生物としての歴史では、おそらく管腔臓器として栄養を消化吸収するための腸のほうが、先に進化してきたのではないかと思います。

あとから神経が発達し、その端っこが大きく膨らんで脳になったのでしょう。ですから、脳と腸に共通する伝達システムがあるのは、全く不思議ではありません。

もしかすると、栄養の消化吸収という、生命維持にもっとも重要な働きに集中するため、腸は神経系統の仕事を脳に代わってもらったのかも知れませんね。

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